ホワイト企業探しの旅
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円谷プロ 法務求人 ウルトラマンとかの版権管理の模様 2016/09/14

ウルトラマンを守るお仕事ってところか。

 

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という求人。

しかし

チャイヨー・プロダクション - Wikipedia

 この有名なバトルに参戦できるということだろうか。

タイのおっさんがウルトラマンは共同制作だった!と言い張ってるしょうもない裁判。

ソムポートは日本に留学して円谷英二から特撮技術を学んだ人物で、日本の特撮映画・テレビの影響を受けた映画・テレビ作品を制作している。特に円谷皐とは同年代として気が合い、彼の著書によると来日するたび、円谷プロダクション・同エンタープライズへ社員のように自由に出入りしていたという。
1970年にテレビシリーズ『チャラワン』を製作。1973年にはタイ初の本格的な特撮映画『ターティエン』を製作し、当時のタイ映画の歴代ベスト1となる300万バーツもの売り上げをあげた。その後も円谷プロとの合作で、1974年に『ジャンボーグA&ジャイアント』と『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』を公開するなど特撮映画を作り続けたが、1985年の『エリマケトカゲ一人旅』以降は映画制作から撤退し、テレビ番組などを製作していた。
1976年から日本以外でウルトラマンのキャラクターを商用目的で利用する権利を持つと1995年12月から主張しており、日本の裁判ではこの主張が認められ、タイ国では否定されている。この権利は後年になって他社へ譲渡されている[1]。この係争は非常に複雑な状況になっているため、詳細は#ウルトラマン訴訟を参照。
バンコクプラトゥーナム近辺に、ウルトラマン博物館(後述)を作っていた模様。

この判決下した日本の裁判官糞だな。

 

 

チャイヨー・プロダクション側の主張
「 この映画の配給権が1975年に香港に12万米ドルで売れたが、資金繰りに窮していた円谷プロ側はこの12万米ドルを1年間借りたいとし、さらにその後チャイヨーに無断で円谷が台湾に配給権を8万米ドルで売却したことが発覚した。1976年3月に来日したソンポートは円谷に20万ドルの返却を要求したが、金のない円谷は20万ドルの返済の代わりに譲渡契約を提案。1976年に円谷プロの当時の社長円谷皐との間で、『ウルトラQ』から『ウルトラマンタロウ』及び『ジャンボーグA』の7作品において、日本以外における独占権をチャイヨーへ譲渡する契約を結んだ。」以上が、1995年末頃から始めたソンポートの主張である[2]。
円谷プロダクション側の対応
生前の皐社長からは権利の譲渡などの話は一切無かったにも関わらず、当時社長の円谷一夫はチャイヨー側の言い分を鵜呑みにして契約書を認める書簡をソンポート氏に出し[3]、権利の買戻しを申し出たが、同氏は拒否した上に不合理な事も主張するようになった。そのチャイヨー側の対応に不信を確認した円谷プロ経営陣は契約書を仔細に検証すると同時に、当時の会社経理簿の記載や取引銀行の入出金記録等を綿密に調査を行ったら、円谷プロ・同エンタープライズ両社の財務記録とは全然符合しない上に当時在籍していた重役達と経理担当責任者もそのような金銭の流れを確認していなかった。などのように当時の経営状態の検証も踏まえた結果「契約書は偽造」と確信したため、対応を改めて裁判で争うこととなった[1]。

ウィキから引用したけど、ややっこしい。

一応決着はウィキを見る限り付いてるのかな?

 

待遇はそこそこ。

法務にしては安いかなッて感じ。

 

契約社員からだしホワイトとは言い切れないな。

残念!